ボツリヌス注射はメスをつかわない美容医療です。脳からの指令を伝える物質の働きを阻害することで、筋肉の緊張を緩和し表情ジワの改善や形状を整える効果、発汗を抑える効果が期待できます。効果は一時的で、定期的に施術を繰り返すことで効果が持続します。
医療分野では眼瞼けいれん・片側顔面けいれん・脳卒中後の片麻痺を原因とする手足の突っ張りの緩和などにつかわれるなど、安全性の高い医療製剤ではありますが、施術を繰り返す場合は、それによるリスクも理解しておく必要があります。
また、これから継続的な施術を希望する場合は、はじめて受ける際の注意点を知っておくと安心です。
もくじ
ボツリヌス注射で使用される薬剤はボツリヌストキシンといわれていて、食中毒の原因菌でもあるボツリヌス菌が出す毒素です。ただし治療で使用される薬剤は身体に害を及ぼす毒素は分解されているため、人体へ及ぼす毒性の影響はありません。
アレルギーが起こることも少なく、施術前にアレルギーテストは不要で、注入されたボツリヌストキシンは代謝されて尿とともに体外に排出されます。
ボツリヌストキシンはタンパク質の一種で、神経と筋肉や汗腺が接する接合部において、神経伝達物質「アセチルコリン」の放出を妨げる働きがあります。
アセチルコリンが放出されると、脳からの命令が神経から筋肉や汗腺に伝わるため、ボツリヌス注射で放出が妨げられると、筋肉の収縮や発汗が抑えられます。
その結果、筋肉の動きにより生じていたシワや筋肉の張りが改善し、多汗症においても改善が期待できます。
ボツリヌス注射の作用は注入後2日~3日程度であらわれはじめ、2週間程度たつと効果が最大となり安定するといわれています。
アセチルコリンの放出が抑制されると、一時的に新しく接合部が形成されて機能を補います。その後、形成された接合部は縮小しもとの接合部の働きが復活してくるため、施術効果は徐々に弱まり、効果の持続は表情ジワへの治療であれば3カ月~4カ月程度とされています。
施術効果は永続的ではなく、やがて元に戻ることから受けやすい美容医療ともいえ、3カ月以上開けて定期的に施術を受けると効果が持続します。
参考文献
Botulinum toxin effects take about two weeks to fully develop and last three to four months.
ボツリヌス注射でもっとも多い治療は表情ジワの治療といわれています。表情筋を動かすことで、眉毛を挙げたり、眉間にシワを寄せたり、笑ったりすることができますが、表情ジワはこのような表情筋の収縮にあわせて皮膚も収縮することで生じます。
「表情を作ったときにだけあらわれるシワ」であったのが、表情によってシワの形成が繰り返されることで定着しやすくなります。また加齢で皮膚の水分量や弾力が低下すると、収縮した皮膚が元に戻りにくくなり、常に刻まれるシワとなることも少なくありません。
そこでボツリヌス注射をおこなうと、シワを寄せる筋肉の作用が弱まり表情ジワの改善が期待できます。
ボツリヌス注射はパーツや輪郭を整えたい場合にも有効です。
歯ぎしりや食いしばり、顎関節症の緩和を目的として、歯科でも咬筋への施術はおこなわれていますが、美容目的として小顔効果を狙って、発達したエラ(咬筋)の張りを小さくしてフェイスラインをすっきりさせる治療はよく知られています。
しかしボツリヌス注射でパーツを整える施術はそれだけではありません。
下まぶたの動きを抑制する眼輪筋の一部にボツリヌス注射をおこない、まぶたを支える力を弱めることで、目を大きく見せ、目尻がさがって穏やかな目もとの印象に導くこともできます(タレ目形成)。
また、鼻腔(鼻の穴)の周囲にある鼻腔開大筋に注入することで、小鼻の広がり(だんご鼻)や、鼻の穴の広がりが抑えられます。
そのほか、口角を下に下げる口角下制筋(こうかくかせいきん)に注入して口角を上げる施術や、上唇の外側にある口輪筋に注入することで唇が反り返るようになるため、人中(鼻の下)短縮の効果を狙った施術もおこなわれるようになりました。
なお、ボツリヌス注射で効果が期待できるのは筋肉の状態が原因である場合です。
例えば小顔効果を得たい場合に、エラの張りではなく皮下脂肪が原因であることも考えられます。その場合は、余分な皮下脂肪を溶解して体外に排出する「脂肪溶解注射」による施術が有効です。
ガミースマイルとは笑うと歯茎が露出してしまう状態で、骨格や歯並びの状態が影響している場合もありますが、上唇を動かす筋肉(上唇挙筋)が強いことが原因の場合は、ボツリヌス注射で改善がみられます。
上唇と鼻翼(小鼻)を引き上げるときにつかう2つの筋肉、小鼻のわきにある「上唇挙筋」(じょうしんきょきん)あるいは「上唇鼻翼挙筋」(じょうしんびよくきょきん)に注入します。それにより筋肉が緩むと笑った際に上唇が上がりすぎてしまう症状が弱まって、歯茎が見えにくくなります。
ボツリヌストキシンの注入方法は作用させる筋肉に対して直接注入するほかに、極めて微量を皮膚浅く、広範囲に注入していく方法があります。 この注入方法は、頬の毛穴たるみや小ジワの目立たないハリのある肌質へと導く「マイクロボツリヌス」「ボツリヌスリフト」などといわれる治療に用いられます。
効果の持続は表情ジワの改善治療よりも長く、4カ月~6カ月程度保たれるといわれています。
肩にはものを引き寄せるときに使われる僧帽筋(そうぼうきん)があり、デスクワークやスマホを見る姿勢が続くと負担がかかって固くなります。するといかり肩や肩こりになりやすくなります。
このような症状にボツリヌス注射をおこなうと、張っている僧帽筋がゆるみ、いかり肩や肩こりの緩和が期待できます。
また、脚が太く見える原因は複数ありますが、むくみや脂肪ではなく筋肉の発達による場合は、ふくらはぎの腓腹筋(ひふくきん)やヒラメ筋にボツリヌス注射をおこなうと、すっきり見せることができます。
汗を分泌する汗腺には「エクリン汗腺」と「アポクリン汗腺」がありますが、ボツリヌス注射はエクリン汗腺に対しておこなわれます。汗を出す指令をするアセチルコリンの放出をボツリヌス注射で抑制することで、神経から汗腺への情報伝達が遮断され、発汗が抑えられます。
ボツリヌストキシンは発見順にA型、B型とよばれ、G型まで7種類あります。このうち医療および美容治療に使用されるものは、A型ボツリヌス毒素製剤とB型ボツリヌス毒素製剤です。
製剤名 | 型 | 製造国 |
---|---|---|
ボトックスビスタ | A | アメリカ |
Dysport | A | イギリス |
Xeomin | A | ドイツ |
Neuronox | A | 韓国 |
Regenox | A | 韓国 |
Medytox | A | 韓国 |
Btx-A | A | 中国 |
Nerbloc | B | 日本 |
さまざまなボツリヌストキシン製剤がありますが、異なる製剤による同時注入での治療は安全性・有効性が確立していません。同時におこなった場合には、神経筋接合部の麻痺などが強まり、呼吸困難、嚥下障害(えんげしょうがい)などの重篤な副作用がおこる可能性があるため[※2]、他院で追加治療をおこなう際は、先に使用した製品名をドクターにお伝えください。
[※2]参考文献
他のボツリヌス毒素製剤による治療が必要な患者又は治療中の患者は、その治療を優先し、本剤の同時投与は避けること。本剤と他のボツリヌス毒素製剤を同時投与した経験はなく、有効性及び安全性は確立しておらず、同時投与した場合には、神経筋接合部の麻痺等が増強し、呼吸困難、嚥下障害等の重篤な副作用が発現するおそれがある。
引用元:ボトックスビスタ注用50単位
眉間の表情ジワの改善において、A型とB型の効果を比較したところ、B型の方がわずかに早く効果が表れ、持続においてはA型の方が長いという結果で、いずれにおいても有効性が示されています[※3]。
効果がみられる点は共通していますが、A型とB型は毒素が持つ抗原性が違うことから、A型を使い続けて、ボツリヌストキシンの作用を阻止する「中和抗体」ができて効果が感じられなくなった際、B型の製剤であれば効果がみられることが考えられます。
また、複数あるA型の製剤でも製品によって、効き目の強さや注入後の製剤の広がり方、抗体の作られやすさなどが異なります。
[※3]参考文献:Botulinum toxins types A and B for brow furrows: preliminary experiences with type B toxin dosing
ボツリヌストキシンの製剤で、国内で承認を得ているのは、A型ボツリヌス毒素製剤のアラガン社製のボトックスビスタと、B型ボツリヌス毒素製剤のエーザイ社製ナーブロックです。
ナーブロックが承認されているのは痙性斜頸(けいせいしゃけい・首や肩の筋肉の収縮により姿勢が不自然になる症状)への適応ですが、ボトックスビスタは美容領域における眉間・目尻の表情ジワへの治療、多汗症への適応に対して承認されています。
ボトックスビスタは2002年にFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を受け、眉間の表情ジワの治療製剤として使用がはじまりました。日本では2009年より厚生労働省により製造販売が承認されています。
厚生労働省により製造販売承認を受けた薬剤は、厳しい管理の下で製造・保管・輸送され、万が一副作用などによる健康被害が生じた際は、医薬品副作用被害救済制度という公的な制度による救済給付の対象となります。
※副作用救済給付はすべての健康被害が対象ではありません。
ボトックスビスタ:日本国内での承認 | 認証取得 22100AMX00398 (販売開始 2009年2月) |
Btox:FDA(米国食品医薬品局)での承認 | K051852:FDA |
ナーブロック筋注2500単位 | 承認番号 22300AMX00413000 (販売開始 2013年3月) |
ショック、アナフィラキシー、血清病、眼障害、嚥下障害、呼吸障害、痙攣発作
これらの異常が見られた場合、施術は中断されます。万が一施術から3カ月~4カ月の間に呼吸困難、脱力感といった不調が生じた場合には、直ちに施術を受けた医療機関にお伝えください。
注入施術により、内出血、赤み、腫れ、痛み、頭痛などが一時的に生じる場合があります。
まわりの筋肉へ薬剤が流れると眉毛下垂、眼瞼下垂、眉が不自然にあがるSpock's bow(スポックブロー)などを引き起こす可能性があります。
そのため、施術直後に過度に刺激することやマッサージはおこなわないようにします。
施術直後は薬剤が移動して、想定しない部位の筋肉にまで作用してしまう可能性があるため、エステやマッサージなどはボツリヌストキシンの作用が落ち着く約2週間程度経ってからおこなうことが推奨されます。
ボツリヌス注射は認定医が適切な施術をしても、筋肉の動きには個人差があるため治療後に左右差等が出てしまう可能性があります。
左右差が明らかな場合は、再度注入することで調整します。
ボツリヌス注射は、妊娠あるいは妊娠可能性がある方には施術できません。一般的に女性であれば施術後2回の月経を経るまで、男性の場合も施術後3カ月程度は避妊が必要です。
参考文献:ボトックスビスタ注用50単位
ボツリヌストキシン製剤は、ボトックスビスタを含めて多くが粉末で、バイアルといわれる小瓶に入っています。容量は質量ではなく「単位」であらわされ、承認されているボトックスビスタであれば、1バイアルあたり50単位もしくは100単位入っています。それを施術前に生理食塩水に溶かし注射器にセットしてつかわれます。
希釈する生理用食塩水の量で濃度(0.1mlあたりに必要とする単位)を調整し、生理食塩水2.5mlで希釈すると 0.1mlあたり2単位、1.25mlであれば4単位の濃度ということになります。
部位 | 注入量の目安 |
---|---|
額 | 5単位~ |
眉間 | 10単位~24単位 |
目尻(両目) | 12単位~24単位 |
ガミースマイル | 2単位~ |
小顔(両エラ) | 40単位~ |
アゴ(梅干しジワ) | 10単位~ |
首 | 40単位~ |
肩(両肩) | 100単位~ |
多汗(両脇) | 50単位~ |
ふくらはぎ(両脚) | 200単位~ |
シワの改善や小顔治療など美容領域の治療については自由診療となり、保険適用外となります。施術料金は医療機関ごとに異なり、製剤によっても異なりますが、ボトックスビスタによる表情ジワの施術であれば8,000円~55,000円程度です。
施術代・麻酔代・針代等が別別途かかる場合がありますので、詳細は医療機関にご確認ください。
なお、多汗症については発汗が我慢できず日常生活で支障があるなど、重度判定に当てはまると保険適用となります。そのほか眼瞼(がんけん)けいれん・片側顔面けいれん・脳卒中後の片麻痺、斜頸(しゃけい・ジストニア)斜視など医療領域での治療の場合は保険適用です。
効果を実感するまで多少の時間がかかることがボツリヌス注射の特性です。効果の程度が直後はわかりにくいため、すぐに追加注入を検討するのは早すぎる可能性があります。 また、はじめての場合は注入後のひきつれ感や違和感に戸惑う可能性がありますので、最初は少量から様子を見ることがおすすめです。
その後作用があらわれた頃に効果を確認し、効果が足りないようであれば、担当ドクターの指示に従って追加注入をおこなうことも可能です。
なお、シワがすべてなくなるほどのボツリヌストキシンを注入すると表情が不自然になるだけでなく、筋肉の動きの麻痺が大きくなり「ひきつったような表情になる」など違和感が残る場合があるため、仕上がりのイメージはドクターとよくご相談ください。
効果を継続させるには、定期的に施術を受ける必要がありますが、短い期間で施術を繰り返すと、「中和抗体」が体内でつくられ効果が感じられづらくなることがあります。 高頻度で施術をおこなうほど効果が高まるわけではありませんので、施術間隔はドクターの指示に従ってください。
ボツリヌス注射による治療で、症状が完全になくなるわけではありません。一時的な症状の緩和になりますので、長期にわたる効果を求める場合は、メスを使った外科手術など別の美容医療が必要です。
外科手術の場合は、腫れや痛みを伴い一般的に元に戻すことがむずかしくなりますので、経験豊富なドクターに相談し、不安や懸念点を解消し納得したうえで受けるようにしてください。
ボツリヌス注射は髪の毛ほどの細い針によっておこなわれるため、麻酔なしでも受けられます。針を刺すときの痛みは軽度ですが、施術前に麻酔クリームと冷却(クーリング)することで緩和されるため、痛みが心配な場合は麻酔の有無について医療機関に確認すると安心です。
(1)診察・注入準備
診察後、顔への施術の場合はメイクを落として洗顔し、肌を清潔な状態に保ちます。
(2)撮影・マーキング
表情ジワの治療の場合は表情を作ってシワができる状態を撮影し、注入する部位にマーキングをおこないます。
(3)注入
希望により麻酔クリーム・クーリングをおこなったあと、極細針を使用し、治療部位にボツリヌス注射を注入。麻酔を使用しない場合、施術時間は10分~15分程度です。注入後、注射針跡が残ることはほとんどないといわれています。
(4)治療終了
治療後のメイクは可能といわれていますが、注入部位に過剰に触れるなど、刺激をあたえることは避けます。
はじめての場合は、ひきつれ感などの違和感に慣れないと不安になる可能性がありますが、徐々に落ち着きます。
シワには表情ジワのほかに、筋肉・脂肪のボリュームの低下、それらを支える支持靱帯のゆるみなどによって、組織が下垂してたるむことであらわれるシワもあります。
このようなケースではボツリヌス注射での改善がむずかしくなります。
この場合は、たるんだ組織を糸で引き上げるスレッドリフトや、ボリュームが減少した部位を補うようにヒアルロン酸注入をおこなうなど、別の施術と組み合わせることで改善が期待できます。
そのほか、美容医療には皮膚自体を引き締める高周波治療、たるみを引き締めるHIFU治療、肌質を全体的に向上させる光治療、レーザー治療などがあり、ボツリヌス注射と組み合わせておこなうことが可能です。
ただし、各施術による効果が表れるタイミングの差により、ボツリヌス注射と同日が良いのか、前もしくは後におこなった方がよいのかは、選択する施術により異なるため、施術を受けるタイミングはドクターにご相談ください。
当日の入浴は可能ですが、飲酒、激しい運動やサウナなど、血行がよくなるおこないは腫れや痛みが増す可能性があるため、控えることが推奨されます。
また、施術後、脱力感、筋力低下、めまい、視力低下がおこることがあるため、かかとの高い靴をさけ、自転車や車の運転は控えるなど注意が必要です。
万が一、ボツリヌス注射により望まぬ作用などのトラブルが起こった場合ですが、徐々に施術効果は弱まりおよそ半年程度で元に戻ります。
ただし、注入部位や注入量により表情を作るのが不自然になり、飲食しにくいなど日常生活に支障をきたすような場合は、ボツリヌストキシンの作用を抑制する注射(アセチルコリン塩化物)による対処をおこなう医療機関もあります。アセチルコリン塩化物注入は、3日~4日程度の持続期間で、永続的ではありません。そのため1週間~2週間後にさらに注入する必要があります。
アセチルコリン塩化物注射の効果がなくなれば、再度、ボツリヌス注射での治療も可能です。
なお、このようなリスクは、神経の走行、各筋肉の位置や作用について熟知しているドクターであれば、軽減されます。
各製薬会社には規定の講習・実技セミナー受講後に認定書が授与される、認定医および指導医制度があります。指導医とはドクターに手技の指導をおこなうドクターのことで、豊富な経験と知識を有するといえます。施術において不安がある際は、認定医や指導医を基準にドクターを探すこともひとつの方法です。
顔の筋肉の動きは繊細で、多くの神経が集まっています。解剖学に精通したドクターによるボツリヌス注射で、自然な美しさを目指すことが大切です。